後藤美桜 Mio goto

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「天然型」は「超越型」になれるのか。

わたしにとって制作活動は大きな挑戦になります。

 

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美術販売サイトタグボートでも作品を販売させて頂いています。

 

略歴

2009年画家・染色家興梠義孝氏、墨画家吉川萩雨氏のもとで工芸美術(染色絵画)を学ぶ。

2012年、現代美術を目指す為単身上京。コンペディション、グループ展出品等活動しています。

 

現在、染色工芸から着想を得てアクリル絵具、モデリングペースト、ペインティングナイフを用いた技法で制作に向かっています。

後藤 美桜ブログより転載

365letters

野良猫絵描きのArt performance 記

 

tura tura

utura utura.....

自分の立ち位置について考える。(再編集)

2013-08-20 03:18:47 

テーマ:創作茶飯事

立ち位置もなにも、まだ駆け出しの駆け出しで新人作家にもなれていないような状態で、勉強不足もいいところなのに…と、自分の立ち位置について考え言葉を綴る事は一抹の不安がある。しかし、作品制作をし発表する場を設けて貰っている以上、考えないと駄目だと思うんですよね。ほんの少しの哲学でも持って置かなければ、わたしの作品を鑑賞して下さる方に失礼だ、と。

 

 

勉強不足なのでいやいやそれは違うだろ、ってとこがかなりあると思いますが、少し書かせて頂きます。あとはあくまでわたしがささやかながら勉強して解釈した意見として受け取って頂けたら幸いです。

 

 

 

現代美術を楽しむ上で重要とされるのはコンテクストであり、それを知らなかったらただ意味不明なだけの作品群になる。という意見を良く聞きます。例えばそれまでのアートの文脈を知った上でデュシャンの便器作品を観るのと、いきなりデュシャンの便器作品を観るのとでは違う訳ですね。当たり前ですね、いきなり便器を見せつけられて「これがアートだ!」と言われても「???」ってなるのが普通です。そんな訳でデュシャンの便器が現代美術のゼロであるとされ、現代美術を鑑賞するにはコンテクストを知っておくと楽しめるよー、ってな流れになって今の現代美術はコンテクストが重要である、ってな流れになっているとわたしは解釈します。

 

 

ならばわたしはどうだろう。

ほぼセルフトートで幼い頃から絵を描いて来たのでアートの文脈を知っている(勉強している)訳ではないし、「天然型」と呼ばれどちらかと言うとアウトサイダー側の人間です。美大芸大を経由した訳でもないので。

しかし、わたしには確実に出発点があり、それは所謂「アート」と呼ばれる所からではありません。が、漫画、ゲームを子供の頃から親しんでいて、そこから絵を描く、ストーリーを描くといった創作を始めるに至りました。そう、サブカルチャーがわたしの原点です。

 

となれば、「奇想の系譜」「スーパーフラット」という思想によるコンテクストには一応乗っかってるのではないか?わたしは決して奈良美智さんのようなレヴェルの作品を描ける作家ではないけれど。今は。

 

 

村上隆氏の言葉を拝借して言うならば、現代は「純粋芸術」と「大衆芸術」が存在します。どちらの言葉も肯定的にわたしは受け止めました。例えて言うなら大衆芸術だから純粋芸術には勝てないよってな風に蹴落とす意味では使われてないという事です。

 

わたしは大衆芸術で育った人間です。

ポップスもそうだし、サブカルもそうです。最近はlainや少女革命ウテナ、エヴァンゲリオン等アニメ作品に触れる事も多く、嗚呼、凄えや。ってそのクオリティに感動します。

 

わたしはもー絵は下手だし制作に置いて(他の作家さんと)勝負出来る所があるとするなら妄想めいた発想力だけです。その発想力も幼い頃から触れていたテレビゲームから養われた物です。

 

わたしはクリムトより先に、天野嘉孝さんを知りました。

 

 

自分の立ち位置。

難しいですね。これは自分で考えるものではないのかもしれません。「アウトサイダーかインサイダーか」「イラストなのかアートなのか」を決めるのは鑑賞者の方々です。未だにピカソや村上隆氏、巨匠の作品群でさえ「これはアートなのか?」って議論が巻き起こってるのにイラストなのかアートなのかを作家であるわたしが考えるのは不毛です。アートをやりたいから、自分が考えるアートをやる…そう自身の想いを貫けばいいと考えています。

 

 

ただし会田誠氏の言葉を拝借して言うならば、(滝の絵について)「芸術か否かなんて僕にはもうどーでもいい。さらにコンテンポラリーもアーバンもグローバルも、年々どーでもいい心境になりつつある」という考えに到達するにはわたしはまだ未熟であるし勉強不足であるしキャリアもない。

 

「好きなものを好きなだけ描く」

わたしはそれでは満足出来ない貪欲で傲慢で欲張りな人間です。もっと勉強してもっと知ってもっともっと考える。 

それを辞める事はありません。

 

 

結局自分の立ち位置についてのはっきりとした答えが出ないまま終わってしまいそうです。それは当たり前な事かもしれません、これから制作を続け地道にキャリアをつくり、様々な方との出会いを経なければ、簡単にそんな答えに到達出来る訳がないという「答え」が出ました。わたしの制作に置ける哲学や、答えは決して一つではないし、一人で紡ぎ出せるものではない、と。

 

わたしの制作や哲学はわたし一人の物ではない。

作品についても同じですね。

 

さて!長々と書いちゃいましたね。いや、最近色んな本を読んで様々な考えがもやーっと自分の脳内を覆っていたので、ここで少し考えをまとめようと思い書かせて頂きました。これからまた考えを重ねるたび、わたしの哲学は変貌を遂げてゆくでしょう。

 

今からまた制作に戻ります。頑張るんば。いろーんな事、考えながらね。